ひまわりのように 492011/02/12 16:53

 

ひまわりのように 49

私たちは友人のご好意に甘え、長男のために、1月に4日、5日と二日間かけて宮城県大崎市の田舎に引っ越すことを決意しました。

引っ越しの準備を本格的に始めたのは、12

月の20日を過ぎてからでした。クリスマスの次の日、会津は50年ぶりの大雪に見舞われました。100センチ以上の大雪でした。大雪の中で新聞配達をしないといけなかったり、いろいろなことがあって、引っ越しの準備は遅々として進みませんでした。しかし、神の守りの御手の中にあって、私たちは無事に引っ越しを済ませることができました。正月は大雪だという天気予報を聞き、冬の躊躇したこともありました。しかし、結局、4日と5日の二日間で無事に引越しを済ませることが出来ました。自分でレンタカーを借りて、運転し、派遣会社から引っ越し手伝いの人を二人送ってもらったり、引っ越し先では、(有)まきばサービスの方に手伝っていただき、なんとか、無事に終りました。今は引っ越しの後片付けを必死でしています。(有)まきばサービスはまだ、私たちが協力できる態勢が整っていないので、しばらくは自分で働きながら家族を養って行く予定です。今日もハローワークに行き、フルタイムの仕事探しを始めました。先々週の聖日9日(日)は初めて保守バプティストの古川聖書バプティスト教会(飯塚清昭牧師)に出席させて頂きました。ここではオービック(メビックの大崎版)をやっているので、長男も次男も喜んで参加しています。

 右も左もわからない、親戚もいない大崎の地で、正直言って不安も多いです。特に、長男のことで不安です。新学期が始まって1月12日、13日はなんとか新しい中学に行きました。良い先生も与えられました。自分から「僕はこの学校で一生懸命勉強するんだ」と担任の先生にも話していました。しかし、頑張りすぎたせいか、その反動が来て、そのストレスとプレッシャーでいらいらがつのり、家で爆発してしまいました。包丁を持ち出したこともありました。よほど、学校で緊張したのでしょう。また、14日と15日は学校に行けませんでした。私たちは、「新しい中学で再出発したい」という長男の願いと、長男を不良仲間から引き離すために、大崎市に引っ越したのですが、また、学校に行かなくなったことでかなりガッカリしました。特に妻にとっては相当ショックだったです。いつもそうなのですが、ショックが悲しみを通りこして怒りとなり、「どうして、学校に行かないの!私たち家族は君のためにここに引っ越してきたのに!」ということばとなって長男に対して出てしまいました。それで、長男も、学校に行けない自分を受け入れられないのに加えて、親からそう言われるので、怒りとなって家族に出てしまったのでした。包丁を振りかざしたり、母親を殴ったり蹴ったりすることもありました。私は父親として、いつも長男と家族の間に立って、仲裁に立ったことが多かったでした。それで、16日(日曜日)は今までお世話になった蓬莱キリスト教会の佐藤先生の所に行って、祈って頂きました。

新しい中学の女性の先生は長男の面倒をとてもよく見て下さっています。今まで、会津で昨年の5月からほとんど学校に行けなくなっていた長男。全くといっていいほど勉強できなくいなっていた長男。再び学校に行き始めることは、彼にとってものすごいエネルギーを必要とすることです。彼がここで、学校に復帰し、漢字の勉強を自分からやり、「僕は学校でこれから一生懸命勉強する」と言ったこと自体が奇跡的なことでした。本当に私たちは喜んでいます。




ひまわりのように 502011/02/12 17:15

 

ひまわりのように 50

1月17日~31日(月)

 この週くらいから3時間目か4時間目くらいから学校に行くという生活が始まった。朝、私たち親が連絡しないと、必ず担任の先生が朝、心配してお電話を下さる。較べてはいけないと思うが、前の学校ではここまでしてもらえなかったので、こちらの学校の先生の生徒のことを配慮してくださる姿に感動した. しかし、それでも長男の不登校はこれからますます、ひどくなりそうである。学校から帰宅しての家庭内暴力もますますひどくなってきた。

 26日(水)

 妻が○○フリースクールのスタッフの方たちの食事作りのお手伝いを始めた。今までやって下さっていた方があまりに忙しいので、妻がお手伝いをさせていただくことになった。私たちもお手伝いができることをとても喜んでいた。しかし、これが長男の家庭内暴力をさらにエスカレートさせることになろうとは夢にも思わなかった。

 27日(木)

妻がフリースクールのスタッフの食事作りをしていると必ずといっていいほど、長男が台所に立っている家内の 所に来て手を出そうとする。本人は手伝おうとしているようだが、ゆとりのない妻にとってはかえって自分でやった 方が良い。特に8人分とか9人分の食事づくりとなると大変。まだ慣れていなくて、とても緊張していて、ゆとりがな い。しかし、そんなことはわからない長男は自分のペースで手伝おうとする。ゆとりのない妻と何をしていいかわからないが手伝おうとする長男。結局、いつも長男は「僕がせっかくお母さんの手伝いをしようとしているのに、どうして僕がしかられないといけないの」。しまいには、長男が怒りだし、「うるせー。ばかやろう」の暴言が始まる。妻もますます、パニックになる。どうしてこうなるのか。

 31日(月)

 朝から妻がスタッフの食事作りを始めると、いつものパターンで長男と妻のトラブルが始まる。私は二人の関係を見ていて、トラブルが始まると、二人を引き離そうとして、長男をドライブに連れ出そうとする。ドライブの行く先は大抵、長男の通っている中学校の駐車場。そこで、長男がクールダウンするのを待つことになる。学校へ着くと、私はまだ怒っている長男を車の中に残したまま、学校の校舎の中に入って行く。そして、担任の先生の時間が空いている時は、担任の先生と話すことになる。そんなパターンがこれからしばらく続くことになる。




ひまわりのように 512011/02/12 19:25

 

ひまわりのように 51

 2月1日(火)

 昨日はこんなことがあった。

私はある仕事で同僚と一緒に出掛け車中にいた。

妻から電話があった。妻は電話の中で叫んでいた。

大変な状況の中にあることがわかった。

妻 「今栄喜が暴れていて手が付けられない状態なのすぐ帰ってきて」

私  「わかった」

   私は同僚に頼んで、すぐ車で引き返してもらった。

   (妻は今、あるグループのスタッフと青年たち数人の食事を頼まれて作っている)この仕事を頼まれて、まだ一週間しかたっていない。今回はいつもより人数分が多くて、しかも、今までと違って、各自別々に盛り分けて欲しいと頼まれていた。ゆとりのない状態だった。私と妻と長男の3人で買出しに出掛けた。長男と妻は買出し、私とは別行動で、後で一緒に合流した。買出しの頃から栄喜が一生懸命に妻の手伝いをしようとしていた様子。でも妻とは歯車のかみ合わないことがいくつかあったと言う。

   (私が急きょ帰宅すると、長男と妻が言い争い争いをしている。長男の手には包丁。少し前に、長男が怒りくるって、電気のブレーカを落としてしまい、ご飯がちゃんとできているか妻はとても心配。<IHのコンロしかない我が家では>、弁当のおかずの煮炊きが間に合うかどうか妻はとても心配していた)

    私が帰宅する前にこんなやりとりがあった。

妻  (長男に向かって) 「少し手伝ってくれる」

長男  「わかった」

長男 (手伝ってくれている時、洗ってない皿があるのを発見して)

     「洗ってない皿がある。食べた青年が洗わないで、返したんだ。僕が洗うよ」

妻  (完璧に洗おうとしている長男を見て、少し焦ってきたのか)「もうそれくらいでいいわよ」

長男 (それでも無言で一生懸命洗っている)

妻   「もう余り時間がないんだから、いいったらいいわよ」

     「そんなにぴかぴかに洗わなくても大丈夫だから」

    (何回もそんなやりとりが二人の間であった。ついに長男は怒り始めた。

    まるで、<僕がこんなに一生懸命に洗って、お母さんのお手伝いをしようとしているのに、お母さんは僕の気持ちなんか少しもわかってくれない>と思っているかのように)

長男 (ついにプッツン来て)「うるせーばかやろう」「電気のブレーカーを落として使えなくしてやる」

    (ブレーカを落としただけでなく、台所のいろんなものをひっくり返したりした様子)

妻   「あんたなんか、もう手伝わなくてもいいから。帰ってお母さんが大変よ。今日は食事つくりがただでさえも大変なのに、あなたがこんなことをしてくれたから、お母さんはもうどうしていいかわからなくなったわ」

   今までこんなことが多かった。それは父親である私との関係の中でも起こることがあった。私たちが長男に手伝ってもらうことで作業効率を上げようとしている時。長男がそれに応えて、自分のペースで手伝おうとしている時は期間信号だ。長男と一緒に長男のペースで仕事をしないとこんな状況になってしまう)




ひまわりのように 532011/02/13 19:43

ひまわりのように 53

  2月2日~

2月2日(水)  仙台の子どもセンターでカウンセリン後、薬の処方
           箋をもらう。薬屋さんで薬を処方し
てもらう。

 

   3日(木)  朝、薬を飲むように勧めたが、本人は「前の薬とは色が違うので(違う薬だから)、いやだ。飲まない」の連発。妻が子どもセンターに聞いたら、「9時迄に飲まなければ、無理に飲ませなくてもいいです」(たまたま大崎に来ておられた吉田先生のことば)とのことなので諦めた。長男は朝から一日怒りっぽく母親との間でトラブルがあった。それで、私(父親)がなかば無理やり学校へ連れて行った。先生と話している間に長男も入ってきた。その間に家では母親が子どもセンターに電話して、次男を連れてセンターに相談に行く予約を取った。

 

    4日(金)   夕方まで「薬を飲むのはいやだ」と言っていたが、結局夕方5時頃自分から飲んだ。学校には登校しなかった。家にいて、親との間でトラブル。怒って、車のボンネットを蹴ってへこましたり、方向指示器のカバーを壊した。午後、母親が子どもセンターに相談に行った。

 

         (2月5日からは毎日自分から薬を飲むようになった)。

     5日(土)   薬は朝、自分から飲んだ。調子は良好。夕方4時頃から薬が切れてきたのか、暴言を吐くようになった。

 

     6日(日)   薬は朝、自分から飲んだ。この日は午前中と午後3時頃まで出掛けた。買い物をして帰って来た。この日は5時迄は薬の効果があって、普段なら怒るようなシチュエーションでも全く怒らなかった。しかし、5時を過ぎた頃、自分がやろうとしていたこと(次男のためにベイブレードのスタジアムをダンボールで作ろうとした)がうまくいか

ず、イライラし始め、外のダンボールを切り刻み始
          めた。さらに、玄関にある靴箱をト
ンカチで壊し始め
          た。壊した後、悪いことをしたことに気付き、直そうと
         し始めた。しか
し、これもうまくいかず、また、怒り始め
         た。少し落ち着いたころを見計らって、約束ご
とを作っ
         た。(月曜日はお父さんと行動を一緒にするという約
         束)

     7日(月) 薬は朝、自分から飲んだ。勧めても学校には行か
          なかった。私は長男を子供センタ
ーに連れて行った。
          そして、午後はまきばフリースクールに連れて行っ
          た。5時頃まで
は薬が効いていた。5時を過ぎると、い
          つもはなんとなく怪しくなってくる。しかし、この
日の6
          時以降も怒り出すことはなかった。

     8日(火)  薬は朝、自分から飲んだ。学校には勧めても行
           かなかった。

     9日(水)   薬は朝、自分から飲んだ。学校には行かず。担
           任の先生が訪問してくださった。PCを
使って、サッ
           カーキャンプの時のスナップ写真を先生と一緒に見
           たり、大好きなエグ
ザイルのCDを一緒に聴いたり、
           自分でクレープと玉子焼きを先生のために料理し、

お土産に持って帰ってもらった。先生もとても喜ん
           で下さった。

     10日(木)  薬は朝、自分から飲んだ。学校には行かなかっ
             た。

    11日(金・祝)   薬は朝、自分から飲んだ。朝から弟を一緒
             に遊んだり、洗車したりしていた。普
段なら怒り
             出すシチュエーションでも怒り出すことはなかっ
             た。5時を過ぎても良好
だった(たまに暴言を吐
             くことはあったが)。

    12日(土)    薬は朝、自分から飲んだ。午前中は家族で出掛けた。午後からは次男と一緒に楽しく遊んでいた。家の裏山にのぼって、林の中を散策。たまに暴言を吐くことはあった。でも、いつもなら怒り出すシチュエーションでも怒り出すことはなかった。また、弟とも喧嘩することもなかった。

               珍しく、私たちが「勉強しなさい」と勧めると、「いやだ」と言って暴言を吐いて、怒り出しそうな雰囲気だった。でも、興奮した気持ちのクールダウンのために、自分で外に出て、車のワイパーを立てたり、車のところにいたかと思うと、まもなく家に入ってきた。その後、自分から算数の100マスの掛け算を熱心にやった。ゲーム形式の勉強もやっていた。夕食後も怒り出すことはなかった。




ひまわりのように 542011/02/23 21:12

ひまわりのように 54

 

 12日(土)   午前中は家族で出掛けた。午後からは次男と一緒に楽しく遊んでいた。家の裏山にのぼって、林の中を散策。たまに暴言を吐くことはあった。でも、いつもなら怒り出すシチュエーションでも怒り出すことはなかった。また、弟とも喧嘩することもなかった。

 珍しく、私たちが「勉強しなさい」と勧めると、「いやだ」と言って暴言を吐いて、怒り出しそうな雰囲気だった。でも、興奮した気持ちのクールダウンのために、自分で外に出て、車のワイパーを立てたり、車のところにいたかと思うと、まもなく家に入ってきた。その後、自分から算数の100マスの掛け算を熱心にやった。ゲーム形式の勉強もやっていた。夕食後も怒り出すことはなかった。

13日(日)   午前中は家族で出掛けた。午後は図書館で自分から
                図書館で本を借りたいといっていたので連れて行った
               が、読みたい本がどこにあるかわからず、がっかりして私
              たちと一緒に帰ってきた。この日は5時以降に、怒って母
              に足蹴りをした。そんなに荒れなかった。自分から学校の
       宿題をやった。

            14日(月)    「学校には行きたくない」と本人は言ったので、「じゃあ、家でやろう」と言
          ったら、自分から宿題をやった。夕方5時を過ぎると、怒りっぽくなってくる。

15日(火)   学校には行かなかった。自分から宿題をやった。午後
       から牧場フリースクールに一緒に行ったが、家の外にい
       て、中に入って皆と話すことはなかった。

           16日(水)    学校には行かなかった。午前中は自分から宿題をやった。その後、私と一
         緒に出掛けた。午後からまきばフリースクールでのバレボール大会に参加し
         た。あんなにすばらしい長男の笑顔を見るのは7ヶ月ぶりで私も感動した。帰
         宅直後(4時半ころ)、妻が「お腹すいたでしょう」というやいなや、「うるせー、
         だまれ。」の暴言。「君が怒る理由が全くわからない。どうしてそんなに怒って
         いるの」と聞いても、自分の気持ちを話せない(AD/HDの障害から来るも
         の)。(私が一日中一緒にいたのだが、怒る理由が全くわからない。本人が落
         ち着いた後で、本人の怒る理由で思い当たることを私が振り返ってリストアッ
         プして紙に書いてみたが、破って捨ててしまった)。台所商品をほっちらかし
         て、暴れた。私はまた、妻と長男を引き離すために玄関(風除室)の外に長男
         を連れ出した。20分くらい自転車の車輪をはずしたり、車をたたいたりした
         後、一度は自分からテレビを見ながら、興奮した気持ちを一生懸命クールダ
         ウンしていた。しかし、クールダウンしきれなかったのか、再び怒り出して妻に
         ちょっかいし始めた。私はまた、本人を玄関の上がりかまちまで連れ出して、
         妻と引き離した。今度は、玄関隣の部屋で20分くらい怒っていた。

       長男は私に怒りをぶちまけてきた。

17日(木)      私が中学の校長先生や担任の先生と話す。私が留守の間に、朝から妻との間でトラブル(妻はパニックになってしまったが、この原因は私が妻のスケジュールを知っていながら、その約束を忘れてしまって、約束の時間に車を持って帰って来なかったこともある。妻がゆとりがなくなり、長男がそれに反応して、互いに二人で怒りをぶつけあっていた。長男は妻を蹴った)。

18日(金)     今日も、午前中自分から宿題をやった。最初やりたくなさそうにしていたが、「明日、みんなと一緒にスキーにいこうね」とはげましながらやらせた。

19日(土)      この日は牧場フリースクールの人たちと山形県の赤倉温泉スキー場に行ってきた、長男は今回はスノーボードを牧場スクールのスタッフの一人に教えてもらいながら、楽しくやっていた。

              昨年の冬はスキー場には行けなかったし、今年の冬も1月の終わり頃が忙しくて子どもたちをスキーに連れてゆくことができなかった。だから、こどもたちにとっては一番良い時を過ごさせていただいた。

 20日(日)   教会でオービック。午後から近くのやくらい山に皆で行く。

 21日(月)    この日も国語と算数の勉強を自分からやり始めた。

 22日(火)     この日は近くの小学校で、特別支援学級の児童生徒たちの交流会。私が長男を車で会場まで送って行った。ところが学校に行く時間を1時間間違えてしまった。それが言い争いのスタート。

私      「家にも戻ってもう一度出直そうか」

長男     「いやだ」。

私      「じゃあ、早めに会場の学校に行って時間まで待っ
           ていようか」

長男    「いやだ」

私      「中学校のクラスメートと一緒にバスに乗って行こう
            か」

長男     「いやだ」

      こんなことで本長男と「ああだこうだ」と言い合っているうちに
      本人が緊張していたのか、プッツンきて運転していた私の左
      頬を
3回なぐった。いつも 学校に行くとなるととても緊張し
      て、怒ったり、イライラしたりすることが多い。学校に行くとい
      うことが長男にとってそうとうなプレッシャーになっているの
      だと思う。会津で受けたいじめのことを思い起こして、心の
      傷が痛み始めるのではないかと思う。

      いまさら古いことをほじくるつもりはない。しかし、長男が5
      月以来学校に行けなくなったのは、サッカー部の先輩にまた
      いじめられるのではないだろうかと言う恐れがあったから
      だ。学校の先生にしても、長男をいじめるサッカー部の先輩
      たちを指導することができなかったのだから、残念だ。長男
      がサッカー部の先輩からズボンをさげられることが入学して
      一ヶ月目にあった。その事実さえサッカー部の先生とクラス
      担任は隠していた。それがわかって学校に抗議したら、「そ
      の先輩は他の生徒にも良くやっていたのです」(先生)とのこ
      と。わかっているなら、どうしてその先輩を指導してくれなか
      ったのか。その先輩からいじめられることがあったのではな
      いかと思う。先生も、自分の立場や先生も恐れていて、長男
      をいじめるサッカー部の先輩たちを指導することができなか
      ったのだ。先生なら長男をかばってくれると思っていたのだ
      が、それが大きな間違いだった。先生はあの時全くたよりに
      ならなかった。自分の子どもは自分の手で守らなければなら
      ないということを強く感じた。

      今日は午後、まきばフリースクールでバレーボール大会。今
     回で長男がバレーボールに
参加するようになったのは2回
     目。バレーボールをやっている時は、本当に楽しそう
にやって
     いる。こんな笑顔は最近めっきり見ることがなくなったので、見
     ていても嬉しくなる。バレーボール大会の後は、教会で青年の
     セルの集会に参加した。夜も怒ることはなかった。

  23日(水)   今日は学校に連れて行く。一週間ぶりくらいに学校に入り、教室に行く。担任の先生と会って話しもした。職員室に行って、「これから僕は帰ります」と言うこともできた。午後からは、まきばフリースクールの人たちと一緒に始めてボーリング。長男もだんだんまきばスクールの人たちと一緒の行動に慣れてきたようである。疲れたはずなのに、次男に自分の麦茶を譲ってくれた。帰宅してからも怒ることはなかった。




ひまわりのように 562011/02/27 18:01

 

ひまわりのように 56

 

 25日(金)  この日、私は長男を連れて午前中に2回学校に行って
         きた。一回は宿題のプリントをもらいに、2回目はスク
         ールカウンセラーの先生に初めて挨拶をしてこれから
         のことをお願いするめに。この日長男は一日家にい
         た。

           午後、妻の友人AさんとAさんの娘さん、それにBさ
        んが我が家に遊びに来た。妻とAさん、Bさんは2階で子
        育ての悩みやいろいろな話に話を咲かせていた。Aさん
        の娘さんは私の次男と楽しく遊んで下さっていた。

        長男       (しきりに)「つまらない。どこかに連れていってほしい」

         (そのうちに長男がコーヒーを入れて飲み始めた。私は同
        じ部屋で勉強中だった。)

    私   「退屈だったら、自分でどこかに出掛けたらどう?」(とか
       何かのちょっとしたことばがきっかけだった)

         突然、長男がポットのお湯を床に直接こぼし始めた(と
       いうか注ぎ始めたと言うほうがふさわしい).

   長男  うるせー。壊してやる」(突然長男は怒り出した。スプーンと
      フォーク数本を床にたたきつけた)(長男は手当たり次第に
      まわりのものをほっちらかした。AさんBさんAさんの娘さん
      はびっくりして、帰っていった)。

   私    「何をしているの!」(私はそれ以上ものを壊されたくな
       かったので、長男の足を持って、動けないようにした。しか
       し、長男の怒りは益々激しくなった。台所のものを手当たり
       次第に投げたり、ぶっつけたりし始めた。私は長男を急い
       で車の中に押し込むようにして、ドライブに出掛けた。
       長男の通っている中学校に着くまでの10分間、私の後部
       座席にいた長男は後ろから私の髪を引っ張ったり、座席
       のフットレストを抜いて私の頭をなぐったり、私の首を絞め
       て、
「運転をらせて対向車にぶっつけさせてやる」のこと
       ば。私は必死の思いで、学校までたどりつくと、ちょうど、
       中学生たちが下校時間で歩いていた。彼らから見えるとこ
       ろで私は車を停めて、長車の中に残したまま、学校の玄関
       に避難した。そこで妻に経過を報告。さらに子供センター
       の職員さんにも連絡。1時間くらい電話で話して、私もよう
       やく気持ちが落ち着いた。車に戻ってみると、ようやく長男
       も落ち着いたようだった。私は長男を家に連れて帰った。
       おかげで私が今晩までに結論を出さないといけなかった仕
       事は全くできずに、困ったことになってしまった)

        夕食後、AさんとAさんの娘さん、それにBさんに電話し
       て、びっくりさせてしまったことをお詫びした。特にAさんの
       娘さんは帰宅してから、精神的に大変になり、薬を飲まな
       いといけなくなったとのこと。本当に申し訳ないと思った。
       今回のことでAさん、Bさんとの関係がもうおしまいかと思っ
        て、絶望したが、2日後にお会いした時は、関係が壊れて
       いなくて、前のように会話することがて来てホットした。神さ
       まの憐れみに感謝します。今日も長男のことで疲れた。




ひまわりのように 572011/02/27 19:55

 

  ひまわりのように 57

 

26日(土) 

Mフリースクールにたまに行き始めた長男。友達(MA君)ができた。高校3年生の先輩で、Mフ  リースクールにしばらく前から通っている。ディエマカードを一緒にやっているうちに仲良くなったようだ。二  人とも学校に行ってないので、そのつらい気持ちを共感できたのかも知れない。前の地からここ大崎の地  に引っ越して来て、友達が一人もいなくてかわいそうに思っていた。長男のような子は友達がいて初めて  生き生きとしてくるタイプなので、とても心配していた。だから今回友達ができたことで親としてとてもホット  した。本当に良かった。でも、前の地では、友達の影響を受けて、どんどん悪くなっていったから、ここで、  友達ができたからといって、安心はできない。神様どうかその友達が長男に良い影響を与えてくれる友達  でありますように。

27日(日)  

         長男が朝起きてくるなり、先に起きてテレビを見ていた小1の次男に「お前に
              はテレビは見せない」と言う。次男はプッツン来て、泣き出してしまった。私は長
        男を叱った。長男はいつものように暴言を吐いて、包丁を持ち出した。妻が取り
        上げると、電気釜を投げるふりをして、となりの部屋に行って大声で暴言を吐い
        ていた。どうなるかと思ったが、まもなく、何事もなかったように落ち着いて台所
        でご飯を食べ始めた。私たちもホットした。