ひまわりのように ⑥ ― 2010/06/24 17:50
ひまわりのように ⑥
学校に行かなくなってから一ヶ月と2週間。この間に、父親である私が読んだ本は何冊になっただろうか。
① 発達障害に気づかない大人たち(星野仁彦著 祥伝社出版)
② LD(学習障害)のすべてがわかる本(上野一彦著 講談社出版)
③ 学習障害(LD)注意欠陥多動性障害(ADHD)の事例集(鈴木陽子著 星の環会)
④ 読み書き障害(ディスレクシア)のすべて(サリー・シェイウィッツ著 藤田あきよ著 PHP出版)
C先生(前に我が家に泊まったことのある長男の友達のA君の学校の担任の先生)から昨夜電話が来た。内容を聞いて驚いた。C先生「A君がいなくなってしまったのだけれでも、お宅にまた泊めていただいているのではないかと思って聞こうと思って電話しました」とのこと。もちろん、私たちのところにはいない。長男に聞いてもわからない。でも、長男にとっては親しい友達なのですごく気にかかるらしい。8時だというのに、自転車に乗って出かけた。あちこち走り回って探しているらしい。一夜明けても、長男が朝からA君のことを気にしているのがよくわかる。私たちにとっては、友達のことはどうでも良いから、自分のやるべきことをちゃんとして、学校に行ってほしいと思う。でも、長男にはそういう世話好きなところがある。それはそれで長男の良いところかも知れない。でも長男の力でどうにもなることでもない。私は内心祈らされた。<長男よ。お前の気持ちはわかるが、お前がどんなに自分の力で友人のA君を助けようとしても限界があるのだよ。家庭内のことでとても心が傷つき、家に帰れないで、友人の車庫に寝泊りしているA君。そのA君の心に君が届くことはできやしないのだよ。だから、A君のことを毎日お父さんお母さんと一緒に祈ってあげよう。必ずA君の心が癒されて、家に帰れる日が来るはずだよ。その日が来るように一緒に祈ろうよ>。
今の日本は家庭内の問題のために、子どもにしわ寄せが行ってしまっていることがどれだけ多いことか。A君も家庭内の大人の問題の犠牲者だと思う。しかし、親の力にも限界がある。学校の力にも限界がある。児童相談所の力にも限界がある(私がいくら彼らに協力したくて、下町根性を出して「A君の洗濯物を届けたいが、住所を教えてほしい」と言っても、「守秘義務があるので言えない」の一点張り)。そういう子どもたちに対して私には何が出来るのだろうかと思う。今はただ、A君のために祈るしかない。
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